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明治の水雷艇Ⅱ-竣工写真_3

水雷艇 白鷹

明治29年度第1期拡張計画で、大型の水雷艇として隼型と比較の為
ドイツの「シ—ヒャウ社」に発注さました。
ドイツから分解した状態で輸入され、三菱長崎造船所で組み立てられ
明治33年6月に完成。
それまでの水雷艇は、36センチ魚雷発射管を搭載していたが、
45センチ魚雷発射管を3基、57センチ速射砲3基を搭載するも
計画速力に達しなく、隼型が採択された結果、単艦のみの建造に終わり
日露戦争では旅順攻略戦、日本海海戦に従事、大正11年まで在籍しました。
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隼型 水雷艇 (隼・鵲・真鶴・千鳥・雁・蒼鷹・鴿・燕・雲雀・雉・鷺・鶉・鴎・鷂・鴻)

明治29年度計画で、フランスの「ノルマン社」に4艇発注され
白鷹と比較の結果、翌年度の計画により11艇が国産で建造されました。
今までの艇は数字で呼ばれていましたが、鳥の名前が付けられています。
各艇の竣工は明治33年~37年と日露戦争開戦の前後に当たり、
全艇が日本海海戦に従事その性能を発揮しました。
水雷艇の開発は隼型が最後となり、昭和に復活の水雷艇(千鳥型・鴻型)は
実質の小型駆逐艦である為、日本海軍最後の水雷艇となりました。
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先に述べた明治29年度第1期拡張計画で水雷艇各艇の発注と同時に
イギリスに雷型・東雲型の駆逐艦が4隻ずつ発注されています。
明治32年までに各艦は現地で竣工し水雷艇と同じく分解輸送の計画であったが、
33年までに単独日本に回航された事により信頼性の高さを実証する事となりました。
以後、水雷艇の発展はなく駆逐艦の国産化に努める事になります。

最後に全艇の集合写真で明治の水雷艇Ⅱを終わらせて頂きます。
長々とお付き合いありがとうございました。
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来年5月の展示会のお題は「グレート・ホワイト・フリート」
日本海軍 防護巡洋艦 新高型 「新高・對馬」を
小野浜が担当する事になりましたので
お付き合い宜しくお願いいたします。

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タグ : 水雷艇 明治 グレ-ト・ホワイト・フリ-ト

2019/10/12 21:08 |明治の水雷艇ⅡCOMMENT(4)TRACKBACK(0)  

明治の水雷艇Ⅱ-竣工写真_2

39号型水雷艇

先に紹介しました22号型水雷艇の次に フランスの「ノルマン社」に発注の
29号型(29・30号)の2艇がありますが、キットとしては発売されてはおりませんので
ここでのご紹介は割愛させて頂きます。

明治29年度の第1期計画で様々な型式の水雷艇
(29号型・39号型・50号型・白鷹・隼型)が建造されました。
39号型はイギリスの「ヤ-ロ-社」に発注、組み立ては横須賀と佐世保造船廠が行いました。
当時、新登場の水雷艇駆逐艦に対抗するため大型の水雷艇とし誕生しました。
明治34~35年に10艇建造され、各艇は日露戦争の 旅順港夜襲・日本海海戦の夜戦に参加。
1艇が失われましたが、大正初年まで在籍していました。
作品は新造時の42号艇の写真を基に作成しております。
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67号型水雷艇

39号型の次に15号型をモデルとした 国産の50号型水雷艇(50~59号の10艇)
がありますが、キットがないため こちらも割愛させて頂きます。

明治30年度計画で、先の22号型水雷艇をタイプシップする発展型として
50号型と並行しこちらも国産で67~75号の9艇が建造されました。
67号艇の竣工が明治36年6月と記されていますので、船体色は
濃いネズミ色で製作いたしました。
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続いて、次回も残り2艇の水雷艇の竣工写真をご覧いただきます。

ありがとうございました。

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タグ : 水雷艇 日清戦争 日露戦争

2019/10/03 21:37 |明治の水雷艇ⅡCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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